【連載39】特別編:2008ヨーロッパ通信(その1) Shiga Zin



ホッホグーグルのホテルアンゲラルアルムで meme夫人とZINさん

◆ヨーロッパにはまだ冬は来ない

 ヨーロッパにはまだ冬は来ない。今私の居るホッホグーグルは標高2000メートルを超える氷河のスキー場だが、この高所にも雪は降らないのである。私たちがこのホテルについたのは12月21日だが、その日からクリスマス、大晦日を過ぎても毎日快晴、全く雪の降る気配はない。昨シーズンもここからヨーロッパの暖冬異変を伝えたのだが、その異常と言えた暖冬は、こうなると異変とは言えないのではなかろうか。「ヨーロッパには冬がなくなった。」とも言えるはずの気象異変なのである。ここと同じような氷河上のスキー場はいくつもあるが、そのスキー場での堅い氷河でしかスキーは楽しめなくなった。
ドイツのバィエルン州の黒い森と呼ばれるシュヴァルツヴァルト地方の標高が低いスキー場は軒並み廃業に追い込まれ、テレビでリフトやゴンドラが外されるシーンが放映されているのである。

◆アルペン競技のTV放映がなくなった?

  そして、テレビで放映されるのは、ジャンプ競技、ラングラウフ競技、そしてバイアスロン競技だけになってしまった。10年程前は11月末から12月1月は、滑降やスラロームのアルペン競技が、毎週末ごとに放映されていたのだが、それは全くなくなった。
その原因は雪がないことにつきる。
ジャンプ競技は、狭い滑走路に氷をはりつけ、人工雪を上に乗せれば競技は可能であり、ラングラウフの競技もコースにだけ雪を積めば可能である。どこのジャンプ競技も、ひとかけらも雪のない野原の中に、一本の白い線がひかれている奇妙な風景の中で行われ、テレビでは背景が映らない様に気を配っていることがうかがえるのである。
このホテルのテレビでは29局の放送が見られるのだが、どこのジャンプ大会もノルディック種目も必ず見ることができる。だがアルペン競技が全く放映されなくなったのは淋しいことだ。雪がない、それだけをアルペン競技の消滅の理由にはできないというきびしい現実もあるのではなかろうか。アルペン競技を目指す若者たちがいなくなった。そして、かつてのトニエ、ステンマルク、ルッシー、クランマー、トンバのようなスターが居なくなったことがアルペン競技の衰退をまねいたとも考えられる。
かつて1970年から80年当時、11月末からアルペン競技は見るスポーツとして、レース会場は大勢の人に囲まれ、テレビの前に人が集まってスター選手たちに声援を送ったのだが、それは今では夢でしかなくなった。


ホテルをバックに

子供のスキースクールの昼食(30人以上)

◆ジャンプ競技には続々と新しいスターが育って、「見る競技」の楽しさを倍増

 グスタボ・トニエ、ピエロ・グロス、パウロ・デケーサ、アルベルト・トンバとスターがいたイタリアでは、毎年12月のワールドカップはセストリエール、マドンナディカンピジオ、ボルミオ、グローデンとイタリアのスキー場をまわって開催されていた。それが今シーズンはボルミオでの男子滑降が1回行われただけなのである。アルペンの人気に陰りが見え始めた頃から、開催をためらう気配が広がり、現在の淋しい状況が生まれているのである。
それに反してジャンプ競技には続々と新しいスターが育って、「見る競技」の楽しさを倍増している様に見える。またテレビの放映技術が進歩して、テレビでの観戦もわかりやすく楽しめるものになっている。
ジャンプ競技が人気を獲得していることに刺激されて、かつてボロボロの木造のジャンプ台も、全く新しいものに造り替えられて、その仕組みや建造中の映像が流されて、さらに興味が増している。かつて緑の山肌をけずって作られていたガルミッシュ・パルテンキルヘンのオリンピックシャンツェは、未来の宇宙基地の様なものになって、飛行距離も130メートルと伸びる可能性を感じさせている。
2008年元旦のここでのジャンプ大会は、ドイツ、オーストリアの国営放送そしてスポーツ専門のオイロスポーツの3局が全競技を完全中継し、その録画放送も繰り返し放映されて、31日1日、2日と何回同じジャンプを見たことか。そのジャンプ大会は同じ3日、4日はインスブルック、5日6日ビショップホーヘンと移るのだが、人気はますます大きくなるであろう。うらやましい話ではないだろうか。(インスブルッグでは中止となった)
アルペン競技は今月に入って、6日アデルボーデンの男女GSとスラロームが4レースが予定されているが、スターのいないこの試合をどれだけの人が見るだろうか、気にかかるのである。


コース案内 滑走可能がグリーンの
ランプで表示

スキーリフト乗り場にある電光表示
積雪量MAX125cm、MIN25cmと
出ているが土が出ているところがある 。
整備はよいのでスキーは出来る。

◆私たちの居るホッホグーグールは空前の人出

  話を一般のスキーヤーたちの様子に戻してみよう。まだ雪の気配がないと報告したが、そのためにどんな状況が生まれているのだろうか。
年末年始の一年でいちばんスキー客が増えるこの時期にホテルやペンションを予約した人々は、早めにあきらめて予約をキャンセルして休暇を自宅で過ごすか、どこか南の島にでも変えるかということになったはずだが、それでも「行って見て何日か待てば」と淡い期待を持って、雪のないスキー場に来ている。彼らは高い氷河のスキー場に車で通うということになる。その結果、私たちの居るホッホグーグールは空前の人出となっている。下のケーブル乗り場にある150台の駐車場はいつもいっぱい、道路わきに違法駐車する車で道路も一杯、そしてケーブルカーの乗り場は長い人の列ができ、ようやく中間のホッホグーグルにたどりついた人も滑るのが危ないという混雑したコースを滑ることになる。レストランに入り切れないお客は寒い外気の中でビールを飲み、サンドイッチを頬張というハメになるのである。私たちの居るアンゲラルアルムは部屋は完全に満室、ホテル内のレストランも一席の空きが無いと言う状況なのである。40年このホテルで過ごしている私にしてもこれだけの混雑ははじめての経験なのである。


ホテルの家族の一員として内輪のパーティに参加


ホテルのクリスマスイベントで

クリスマスディナー

◆滞在日数に大きな変化

 ただここのお客さんにも大きな変化が起きている。昔は一家でここで10日20日と過ごすお金持ちが日数を短縮し、1週間か10日ほどで帰ってしまうのである。私たち夫婦が1ヶ月ここに居ると聞くと皆一様にびっくりする。 昔から良く知っているお客さんたちは、「そうか、ZINとmeme(私たち夫婦と親しい人たちはジン、メメと呼ぶ)はここの家族の様なものだからな」と納得してくれるのだが。 この家の本当の家族、次女のウーシー一家、三女のイングリット一家もクリスマスを過ごしたあと、ドイツ、ベルギーに帰ってしまった。あとで判ったことだが、年末年始の予約が殺到したため、ここのオーナーである長女のロスミッターに、「早めに帰って部屋を空けてくれ」と頼まれたかららしい。
次女ウーシーの娘エーファがひとり残ってホテルのレセプションで働いている。彼女は将来ホテルで働きたいとホテル学校に通っているので、その実習という意味があると言うのだ。


ホッホグーグルのスキー場で滑る子供たち

◆スキーは老人子供だけのスポーツが加速

  話がどうも横道にそれてしまった。ごめんなさい。話をヨーロッパのスキー事情に戻してみたい。
ここのスキー場が大賑わいだと書いたが、昨日、麓の村、オーバーグーグルに買い物に行った妻が帰って来て、「すごいわよ、オーバーグーグルが人にあふれているの。丁度ひる過ぎのスキー学校が始まる時間だったので、学校の集合場所にはクラス別、教師別に札が立てられて子供たちがたくさんいてびっくりしたわ。小学校へ入る前ぐらいの幼い子たちが親や、オバーチャンらしい人に連れられて集まっていたの。その数に圧倒されちゃった。」 と報告した。そしてその大集団がゴンドラに乗ってここへやって来るというのである。確かにこの5、6年、学令前の子供たちが増えていることを実感していたのだが。そして2年前に私は「スキーは老人子供だけのスポーツになった」と書いたのだが、その流れは加速しているようだ。
このホテルにも、オジイチャン、オバアチャンに連れられて来た幼児たちが走り回っている。


3080mの頂上でmeme夫人

スキー教師と子供たち

◆さて費用はいくらかか乗るだろうか

  そうした子供たちは例外なくスキー学校、スキー教師に預けられる。さてその費用はいくらかかるのだろう。8才以下の子供たちはリフト・ザイルバーンは全て只だが、スキー学校は大人たちと同額である。(子供は大人より手がかかるという理由から) 1日56€(日本円で9000円)3日なら135€(2万2千円)6日なら198€(3万2千円)となる。凄い高い遊びではないだろうか。子供達をスキー学校にあずけて遊ぶオジイチャン達は当然リフト券を買うことになる。1日だけの券は購入する時間別に料金が設定されていて、朝9時から11時までに買う1日券は41.5€(6600円) 12時から32.5€(5200円)13時からは28.50€(4500円)、14時以降なら22€(3500円)となっている。そして3日券は112€(1万8千円)6日券は205.5€(3万2千円)となる。
そのオジイチャン達がスキー学校へ入ると子供たちと同じ金額の教習料を払うのである。このホテルに泊まっている、とてつもない金持ちのオジイチャンが、サウナのなかで自慢しているのを聞いた。彼は10日間ここに泊まり9日間スキー教師を指定してプライベートレッスンをしていると言うのである。
プライベートレッスンは毎日4時間として214€それを9日間とすれば、割引もあるらしいが1800€くらいになる。何と、日本円に換算すると28万9千円になるのである。すごく贅沢な遊びであろう。リフト代9日間268€(42000円)がかかり、その上ホテル代1日2万8千円、さらに夕食のワイン、バーの支払い、昼のランチといったものを合計すると、この大金持ちはいくら使って遊んでいったのだろうか。プライベートレッスンの場合、スキー教師の昼食代も負担する。
贅沢といえば、ここのすぐ上の5つ星ホテルにあるブティックには、10万円を超えるスキーウエアのウエアが並べられてびっくりするのいだが、その中にきわ立って高いボグナーのウエアが飾られている。値札を見ると何と5999€とある。日本円なら100万円近くとなるのである。
店員の説明によるとウエアの裏地には中国産の純正の絹が使われ、つけられた毛皮は北欧のどことかの国でとれる毛皮が使われていると言うのだが。
毎年この店でそのシーズンのウエアを買い揃える私たちの友人の超大金持ちの夫婦が買うのかなと思っていたが、一家が帰った後にもまだ売れ残っていた。さすがに6000€もするばかげたヤッケには手を出さなかったと思われる。


高額なスキーウエア

値札には…

◆消滅した技術、そして指導法が、まだ生き延びていることに私はショックを受けた

 さて、スキーに話を戻そう。
ここのサウナで、プライベートで教師をやとっている金持ちの話を聞いた。彼は得意になって「今、両膝をくっつけてすべる方法を習っているんだ」と、裸でそのフォームをやって見せた。何とも珍妙なフォームであった。私は「そんな事を教える教師にはつくな」と言いたかったけどやめといた。
またスキーから帰ってきた妻がびっくりしたと言う。それは、「プライベートでスキーを習っている10歳ぐらいの男の子に、若い女教師が一生懸命にシュテムシュブングを教えていた。」と報告したのである。
何で今頃、膝をそろえるとか、シュテムなのか、オーストリアのスキー教程からシュテムが消えて何年になるだろうか。それは1968年のアメリカ・アスペンでの第8回インタースキーであった。40年前に消滅した技術、そして指導法が、まだ生き延びていることに私はショックを受けた。
今、オーストリアでは、プルークボーゲンからグルンドシュブングを習得したスキーヤーは、そのままパラレル、ウェーデルンに進むことが出来、幅広い技術の習得が可能になっているのである。
シュテムを覚えこまされたスキーヤーは、そこから上級へは進めないとする常識が浸透しているオーストリアである。不思議な話ではないだろうか。

◆オーストリアというスキー創始国の老害はより深刻

 私は、その原因を、オーストリアスキー教師の資格の取得の方法、そしてその資格が一度手に入れれば終生保証されるというシステムにあると思っている。日本の様に一度指導員の資格をとっても何年間に何度か研修会に出席して、新しい技術、新しい理論を学ぶという制度がない。そのために、年をとっても一度手に入れた資格、その時に身につけていた技術、学んだ指導理論が、年老いて働いているスキー教師のバックボーンになっているのである。
その上に悪い事は、どのスキー場のスキー学校にも年のいった古いオジンサンがいて、学校を牛耳っているのだ。彼らは、職業スキー教師連盟の幹部としてオーストリアのスキー教師の世界をおさえている。
日本のスキー界でも老害が問題だが、オーストリアというスキー創始国の老害はより深刻なのである。
さて、私は二年前にヨーロッパではスノーボードは消えたと書いたが、今シーズンそのスノーボードは復活の予感を感じさせている。このホテルに泊まっている子供たちがボードをかかえて外に出て行くのである。ボーダーの数は確実に回復しているようだ。

第40話へ続く。


連載「技術選〜インタースキーから日本のスキーを語る」 志賀仁郎(Shiga Zin)

連載01 第7回インタースキー初参加と第1回デモンストレーター選考会 [04.09.07]
連載02 アスペンで見た世界のスキーの新しい流れ [04.09.07]
連載03 日本のスキーがもっとも輝いた時代、ガルミッシュ・パルテンキルヘン [04.10.08]
連載04 藤本進の時代〜蔵王での第11回インタースキー開催 [0410.15]
連載05 ガルミッシュから蔵王まで・デモンストレーター選考会の変質 [04.12.05]
連載06 特別編:SAJスキー教程を見る(その1) [04.10.22]
連載07 第12回セストのインタースキー [04.11.14]
連載08 特別編:SAJスキー教程を見る(その2) [04.12.13]
連載09 デモンストレーター選考会から基礎スキー選手権大会へ [04.12.28]
連載10 藤本厩舎そして「様式美」から「速い」スキーへ [05.01.23]
連載11 特別編:スキー教師とは何か [05.01.23]
連載12 特別編:二つの団体 [05.01.30]
連載13 特別編:ヨーロッパスキー事情 [05.01.30]
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連載15 バインシュピールは日本人少年のスキーを基に作られた理論 [05.03.07]
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連載17 特別編:ヨーロッパのスキーシーンから消えたスノーボーダー [05.04.16]
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連載20 審判員が語る技術選の将来とその展望(ジャーナル誌連載その2) [05.09.04]
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連載30 私のスキージャーナリストとしての原点 [07.03.14]
連載31 私とヨット 壮大な自慢話 [07.04.27]
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連載38 新しいシーズンを迎えるにあたって [08.01.07]
連載39 特別編:2008ヨーロッパ通信(その1) [08.02.10]
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連載41 シュテム・ジュブングはいつ消えたのか [08.03.15]
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連載世界のアルペンレーサー 志賀仁郎(Shiga Zin)

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※使用した写真の多くは、志賀さんが撮影されたものです。それらの写真が掲載された、株式会社冬樹社(現スキージャーナル株式会社)、スキージャーナル株式会社、毎日新聞社・毎日グラフ、実業之日本社、山と渓谷社・skier、朋文堂・スキー、報知新聞社・報知グラフ別冊SKISKI、朝日新聞社・アサヒグラフ、ベースボールマガジン社等の出版物を撮影させていただきました。

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